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【コラム】“ラウドドラミング”よ永遠に…。LOUDNESSのドラマー・樋口宗孝が旅立つ…。
- 2008.12.01
- 21:37
日本が世界に誇るHR/HMバンド・LOUDNESS(ラウドネス)のドラマーであり、ファン並びに関係者からは“ひぐっつあん”の愛称で親しまれていた樋口宗孝が、2008年11月30日(日)午前10時44分、肝細胞ガンのためこの世を去った。49歳という若さだった…。
樋口宗孝は、1977年、アイドルロックバンド・LAZY(レイジー)のメンバーとしてメジャーデビュー。「赤頭巾ちゃん御用心」などのヒットを飛ばしたが、メンバーが本来やりたかったハードロックが出来ないことに悩み苦しむ日々を過ごす。紆余曲折を経て、念願だったハードロック路線を体現したアルバム『宇宙船地球号』のリリースにこぎつけるも、結局バンドは1981年に解散してしまう。
同年、LAZYのメンバーだった高崎晃(G)、元アースシェイカーの二井原実(VO)、元ゼファーの山下昌良(B)と共にLOUDNESSを結成。アルバム『誕生前夜〜THE BIRTHDAY EVE〜』で満を持してデビューを果たす。国内のHR/HMファンに熱狂的に受け入れられた彼らは、リリースを重ねるごとに海外からも注目を集め、5thアルバム『THUNDER IN THE EAST』で本格的に世界へと進出する。同アルバムは、ビルボードチャートで74位を記録するという快挙を成し遂げた。
その後、バンドは世界的なHR/HMバンドとして成長する一方で、音楽性の相違や諸々のトラブルなどで激しくメンバーチェンジを繰り返していく(樋口も1993年に脱退)。LOUDNESSはただ一人残ったオリジナルメンバーの高崎晃を中心に、時代とともにサウンドを激しく変化させていった。
そして、1998年のLAZY再結成から3年後の2001年、LOUDNESSは二井原、高崎、山下、樋口のオリジナルメンバーで復活を果たし、アルバム『SPIRITUAL CANOE 〜輪廻転生〜』をリリースする。それ以降は、ライヴにレコーディングにと順調な活動を展開してきたが、2008年4月、樋口が肝細胞ガンであることが発覚。以来、ファンは眠れない夜を過ごしながら、彼の復活をただひたすらに待ち望んできたのだった…。
ヘヴィでありながらもスピード感に溢れ、それでいてテクニカルな樋口のドラム演奏。その特徴的なプレイは、“ラウドドラミング”、“樋口フレーズ”などと呼ばれており、X JAPANのYOSHIKI、LUNA SEAの真矢、SHOW-YAの角田美喜らをはじめ、数え切れないほどのフォロワーを業界内外に生み出し、永きに渡って日本中のドラムキッズたちを虜にしている。
また、自身が尊敬するレッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムにならい、頑ななまでにワンバスにこだわり続けていたドラマーとしても知られる。リズムキープを重要視して…とのことだが、足をスライドさせての高速バスドラ連打や、フロアタムとのコンビネーションでの擬似ツーバスプレイなど、ワンバスとは思えない怒涛のペダルワークは、樋口の魅力を語る上で決してはずせない演奏スタイルと言えるだろう。
オリジナルメンバー復活後のライヴでも攻撃的な演奏は健在…というか、むしろパワーアップしていたのが印象的だった。“一打入魂”という言葉がぴったりなパワフルかつ繊細なスティック捌き、そして“一心不乱”なパフォーマンスを繰り広げるドラムソロ。全てが、いわゆる“全盛期のLOUDNESS”よりも凄みを増しており、あらためて樋口宗孝が最強のドラマーであることをファンにみせつけてくれた。
ロック界の重鎮、カリスマとしてシーンに君臨し続けてきた、日本が世界に誇る名ドラマー・樋口宗孝。「IN THE MIRROR」「SPEED」「CRAZY DOCTOR」「ESPER」「S.D.I.」等々、彼が遺してきた名演の数々は永遠に色褪せる事はないだろう。そして、きっと天国でもアグレッシヴなドラムプレイを披露しながら、人々を魅力するフレーズの研究を続けているに違いない。“ラウドドラミング”よ永遠に…。
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